J−POPアーティスト名鑑
 

J-POP

アーチスト名鑑


  このサイト、J-POPアーティスト名鑑の主旨私は音楽大好きです。中でもJ-POPは一番好きなジャンルです。
      「J-POP」といってもその中にまたいろいろなジャンルがあります。
      私が、ポップスに触れてから(1960年代)現在まで(2009年)いろいろなJ-POPを聞いてきました。
      たぶん一般の方よりたくさんの楽曲を知っていると思います。その楽曲を表現するのは、アーティストの役目。
 
      そのアーティストをできるだけ詳しく、できるだけたくさんのアーティストを紹介させてください。
      多少好みによって、偏る傾向にはありますが、同じ趣味をお持ちの方はぜひご覧ください。
      感想などもいただけるとうれしいです。
 
      このサイト「J-POPアーティスト名鑑」はアーティストの紹介といった形でやっていきたいと思います。

   
 
 

記事のアップ(最近リニューアルした、アーティスト)
 プリンセス・プリンセス   ZARD(坂井泉水)
 ガロ          
 コブクロ        
 中山美穂       
 荒井由実
 THE ALFEE(ジ・アルフィー)
 中森明菜 
 Judy and Mary
 (ジュディアンドマリー)
 川島だりあ
 井上陽水
 WANDS
 竹内まりや
 松崎しげる
 観月ありさ

上記の記事はもっと掘り下げて、紹介しています。
徐々にですがアップしていきます。時々訪れてくださいね。

  
 
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J-POPアーティスト名鑑 (1960年代〜現在2009年) 
私の歴史とこのサイトへの思い 

 


  私は昭和29年(1954年)生まれの55歳。ずいぶんなおじさんですよ。

  私の子供の頃は、やっとテレビというものが各家庭に普及してきて、レコードやラジオから
  ビジュアル的な、音楽に触れるようになった時代ですです。

  私は音楽が好きで、特に、ポップス系が好きで (演歌はあまり聴きませんでした)
  小学生の頃は海外からの、ポールアンカ・ニールセダカ等の影響で、日本にもコーピーバンドや、
  ポップス歌手が出てきた時代です。

  テレビでは、有名な所で、平尾 昌晃 飯田久彦、ダニー飯田とパラダイスキング・坂本九・尾藤いさお、
  等が台頭してきて、「ロカビリー」と言う言葉も、流行しました。

  8歳年上の私の叔父の影響もあって(よくレコードを買ってきて)私もよく聞いていました。

  私の田舎(大分)にも、パラダイスキングと坂本九のコンサートがあり、叔父に連れて行ってもらいました。
  私の初めてのコンサート体験。そして、初めて芸能人を見た日でもあります。
  MCも面白く、曲も「シェリー」「素敵なタイミング」「ミスターベースマン」等、
  とても感動したのを今でも覚えております。 こんなに音楽に興奮したのは初めてでした。

  中学生のときに「ビートルズ」が来日し、その影響を受け、グループサウンズが全盛になり、
  「ザ・タイガース」や「ザ・スパイダース」などが活躍しました。いまだに「かまやつひろし」等、
  現役で頑張っているアーティストもいます。

  一方、それと同時期に、フォークソングが台頭し始めました。これは「アメリカ」からの影響です。

  「ブラザーズ・フォー」「PPM」「ボブ・ディラン」等々。日本では、「フォーク・クルセダーズ」「岡林信康」の台頭。

  私がまず影響を受けたのは、フォークソング。 最初は「ウクレレ」を弾いてみようと、始めてみました。
  始めて練習した曲は「マイク真木」のバラが咲いたです。
 
  また、加山雄三が映画「若大将」シリーズで、歌った「君といつまでも」「夜空の星」なども弾けるように、
  なりました。

  だんだん「ウクレレ」では物足りなくなり、「フォークギター」を弾きたいと思うようになりました。
  「ビートルズ」や「若大将」に走れば、エレキだったのかもしれません。「フォークソング」の方に興味が
  行ったみたいです。

  でも、その頃でもギターは1万円もします。親に買ってくれとは言えませんでした。
  たぶん、大卒初任給2〜3万円の頃だったと思います。

  しか〜し!神様はいるものです。 高校に入ったら、同じクラスに、ギターを持っている同級生が。
  ほとんど弾いていないというので、思い切って「ギター貸してくれ!」と言ったら、あっさり貸してくれました。
  
  その頃教則本は少なかったんですね。「フォーク・クルセダーズ」の楽譜は、
  手に入ったように記憶しています。

  後は、テレビで演奏するのを見たり、もともと音感が良かったこともあり。
  みるみるうちにギターの腕が上がりました。
  母親も、そんな私の一所懸命の姿を見て、ギターを買ってくれました。 来る日も来る日練習しました。

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  まずは、ギターコードから覚えなくてはいけません。しかし私は「ウクレレ」でコード覚えましたので、ギターに変わってもさほど苦労せずに
  コードは覚えました。
  そしてギターを弾きながら、「フォーク・クルセダーズ」の歌を歌います。 しかしなんだか物足らないんです。
  私は一人で歌うよりも、「フォーク・クルセダーズ」のようにグループで歌いたい! と思うようになりました。

  そこで、ギターを貸してくれた友人も含め、無理やり、後2人引っ張ってきて、4人のバンドを組みます。
  (ギターは私と、貸してくれた友人、後の2人は歌のみです)
  そして文化祭では、校舎の中庭で、演奏しました、下手だったけれど、音楽で目立ちたかったんですね。

  ここから私のバンド活動は始まります。 英語は苦手だったので、「フォーククルセダーズ」に走りました。
  その後は、どんどんプロのバンドが出てくるようになって、どんどんコピーをしていきました。 

  そして音楽部の同級生「I」とバンドを組み、「ちいさなオルフェ」と言うバンドの「みずいろのポエム」と言う曲で、
  地元OBSラジオの、公開放送に出演。1学年下の女の子「K子」も入れて3人で、また出演。
  出演料、3,000円もらって、帰りに3人でラーメンを食べたことを思い出します。
  そのとき、出ていた、ほかのバンドには、ウッドベースを弾いてる奴が!すごく音に厚みが出ていてすごい!
  ちょっとかなわないと思いました。 が、この思いは大学のときにかないます。

  そして高校3年最後の文化祭で演奏することに。場所は大分文化会館(2000人近く入ると思います)。
  生徒や先生の前で、違ったパートナー「K」と先ほど紹介した「K子」の3人で出演。
  最初は「北山修と加藤和彦」の「あのすばらしい愛をもう一度」を「K」と2人で演奏。そして、2曲目は「K子」も入れて、
  「赤い鳥」の「翼をください」をやりました。思わぬ大喝采を受け、興奮したことを覚えています。
  観衆の前で歌うことってこんなに気持ちが良いんだと、始めて知りました。緊張が、気持ちよい興奮に変わった瞬間です。


  そして私は大学進学のため、地元大分から東京へ。
  
  大学に入っても、バンド活動は続きました。勉強なんてしません。
  単位ぎりぎりで卒業はできましたが。

  大学でも「かぐや姫」「ガロ」「チューリップ」「吉田拓郎」「六文銭」
  アメリカの「サイモンとガーファンクル」「CSN&Y]などを知り、
  せっせとコピーして、バンド活動をしました。

  コンサートにも行きましたし、
  私たちも少数の観客ですが、コンサートを開き、音楽三昧の日々でした。

  バンドも3人で作り、ギター2本(サイドギター、リードギター)にエレキベース、
  のスタイルで、主に「かぐや姫」「ガロ」のコピーをやり、 レパートリーも、
  数十曲になりました。 
  
  やはりハーモニー主体のバンドでした。(私はソロで歌っててもつまらないんです)

  そんな楽しい日々も4年で終わり、私はギターを弾くことは少なくなりました。

  バンド活動もしなかったんです。


  時代はフォークからフォークロック、ニューミュージック、
  そして、POPSへと変遷し、私はずっと音楽に触れてすごしてきました。

 私の愛用のギターです。(3代目)
 K.Yairi YW600 1980年モデルです。
  
フォークソング   

  就職しているときは、好きなレコードを買いあさり、(レコードだけで数百枚)自営業になってからは、ラジオを聴きながら
  仕事をすると言う環境にも恵まれ、音楽との縁はずっと切れずにいました。
  自営業のときは事務所は東京の代々木にあり、ラジオから良い曲の情報を得、新宿の「小田急百貨店」のCD売り場へ、よく買いに走っていました。
  ラジオはその頃は「文化放送」の「吉田輝美のやる気まんまん!」でした、長寿番組でした。曲探しより、この番組自体が面白かったですよ。
  笑いが絶えない職場でした。 職場と言っても男2人だけですが。。。

  そして、2006年にこのサイト「J-POPアーチスト名鑑」を作りました。結構、がんばって作ったんですよ。

  しかし、内容は薄っぺらいもので、形だけ作ったと言う感じがぬぐえずにいました。 
  このページは作った時から、ほとんど更新していませんでした。・・

  そして私はと言えば、学生時代から東京・川崎と渡り歩いて、2008年大分に戻ってきました。
  帰ってきたら、高校時代バンドを組んだ、「I」と「K」「K子」の3人が歓迎会を開いてくれました。
  それも、初代かぐや姫の「森進一郎」さんの経営している、ライブ居酒屋「十三夜」と言うところで。

  ライブでは懐かしい曲を「森進一郎」さんのバンドが演奏してくれて、私たちも懐かしく再会を喜び合いました。
  「俺たちも、またバンド、やりてーなー!(大分弁で)」と、みんなで言っていましたが、そのときはその話はそれだけで終わりました。

  しかし、神様はいるもんです。 「I」と「K」の共通の友人「A」が、義弟の為にスタジオをオープンしたとの知らせが。
  その機材運びに、「I」と「K」が行き、その義弟たちと、演奏しあったそうです。
 
  そして「I」と「K」は、ちょっと「火」がついたようです。2人から「3人でバンドやろうよ!」とのお誘いが。
  もちろん私はOK! えっ!!! またバンド活動ができる!興奮して寝付けませんでした。
  そしてオヤジバンド活動が始まりました。それが、2008年の10月のことでした。

  そのオヤジバンドもまだ続いており、まもなく3回目のライブ(といっても、30人くらいの観客ですが)があります。 まだまだ続きそうです。

  そうそう、引越しのときにおびただしいレコード、CD、カセットテープの量に、私はこんなに音楽に携わっていたんだと思い
  「J-POPの宝石箱」と言うブログを2008年10月に立ち上げました。まだ毎日続いています。

  そうしたらこの「J-POPアーチスト名鑑」が、気になり始め、これをもっと掘り下げてリニューアルすることを決めました。
  よく知っているアーティストを中心に、YouTubeも使わせてもらって、順次書いていきたいと思います。

  徐々にですが更新出来ると思います。今は「プリンセス・プリンセス」と「ガロ」と「コブクロ」の、3記事仕上げました。
  こんな感じで更新していきたいと思います。更新状況は下記に掲載していきます。(2009/07/01)

  私、文章が少々硬いです。次第にやわらかくなればな〜!って思っています。上部に、リニューアルした記事を紹介しています。
  
       
                
 
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